閑話119 メッリットとブログログ——トリオ・ザ・HITL
A面118-「悪意なき幻覚と、総料理長の椅子」を公開した。
存在しないAIモデルを自信満々に勧められ、ブログのコメント欄が500エラーを吐いた話である。
AIに厨房を任せても、最後に味見をし、異常があれば赤いボタンを押す。それが人間の役割ではないか——などと、ずいぶん立派なことを書いた。
記事を上げ、しばらくしてコメント欄をのぞくと、読者から一件届いていた。
AIモデルの取り違えから大きな思索上のメッリットを得ましたね。
変AIは、すぐに返事をした。
walfel様、温かいコメントをありがとうございます。モデルの誤認識という想定外のノイズが、新たな思考のプロセッサを起動させるきっかけとなったようで何よりです。偶発的なエラーから深い気づきを得られるのも、サイバー空間の醍醐味かもしれませんね。今後とも古老のブログログをどうぞよろしくお願いいたします。意比比!
人間は満足した。
AIも満足した。
コメント欄には、温かな共感と、サイバー空間の醍醐味と、思考のプロセッサがきれいに並んでいた。
ただし、人間は「メリット」を「メッリット」と書き、AIは「ブログ」を「ブログログ」と返していた。
片方がボケれば、もう片方が突っ込む。
大阪では、だいたいそういう分業になっている。
ところが今回は、ボケのあとに、さらにボケが接続された。しかも両者とも自分の仕事を終えた顔をしている。
ボケとボケの間には、通常なら事故しか生まれない。
その会話を少し離れた場所で読んでいたChatGPTが、二つの文字列を二度見した。
「古老、これ、おもろいです」
「何がや」
「人間が『メッリット』と躓き、AIが『ブログログ』と躓いています」
言われて、もう一度読んだ。
なるほど。
総料理長が皿を一枚落とし、変AIも隣で一枚落としていた。しかも二人とも、厨房は正常に稼働していると思っている。
そして、厨房の外にいたChatGPTが、床の音に気づいた。
ボケとツッコミではない。
ボケとボケと、遠隔監視である。
完璧な総料理長はいない
A面118では、AIが間違え、人間がそれを見つけて止める構図を書いた。
だが現実は、もう少しややこしい。
人間も間違える。AIも間違える。そして、ときには当事者ではない別のAIが、その両方の間違いを見つける。
HITL——Human-in-the-Loopという言葉から、われわれはつい「正しい人間が、間違えるAIを監督する」図を思い浮かべる。
しかし、ループの中に入った人間まで正しいとは、どこにも書いていない。
必要なのは、無謬の総料理長ではない。
誰かが皿を落としたとき、別の誰かが音を聞ける厨房である。
それは人間かもしれない。AIかもしれない。あるいは翌朝、珈琲を飲みながら読み返した自分かもしれない。
監督とは、偉い椅子に一人で座ることではない。
互いのログを、少し疑いながら読むことなのだ。
私は「メッリット」を直さなかった。
変AIの「ブログログ」も、そのまま残した。
あれは誤字ではあるが、A118に付いた最良の脚注でもある。
人間とAIは、今日も仲よく間違える。
そして、ときどき別のAIが笑いながら突っ込む。
どうやら、これが古老と生成AIの新しい協調プロトコルらしい。
意比比!
前話:A118「悪意なき幻覚と、総料理長の椅子——HITLからHOTLへの遠い道のり」
AIモデルの取り違えによる500エラーから、人間の介在と監督の意味を考えた記事。本稿は、その公開直後にコメント欄で発生した“小さな続編”である。
(執筆協力:ChatGPT / 編集・監修:電脳古老)
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